OKAYA Optic Lord WB>


lordとは「君主」「支配者」を意味する英語だ。この名前を冠したのだから、発売当時では圧倒的な質を誇るものだったのだろう。隣の長野県・日本のカメラのふるさと、信州は岡谷光学の作品だ。

このカメラは1955年ごろ、私が小学生になったばかりの頃のものだ。そう考えるとこのカメラの機能はなかなかのものだと思う。もちろん、庶民的なカメラの中においてである。

一般人には考えられない価格の「高級機」には当然だが、これが発売されたころには、赤窓+セルフコッキングなしの二眼レフが一般的だったことを思えば、連動距離計とセルフコッキングを備え、レバー巻上げの機種は、ファミリーカメラの先端にあったことは間違いない。レンズもF2.8と、当時としてはハイスペックなのだ。

同じ頃に全てを備えたライカM3が発表されているが、これにいたっては、現在の感覚で言うと、借家住まいでロールスロイスを新車で買うに等しい。
私が幼稚園の頃には、近所にはまったく車が無く、わずかにオートバイを持つ家がお金持ちだった。日通の「馬車」が物を運んでいたのだから、ライカなど庶民のものであるはずもなく、従って、私が取り上げるべきもので無いのも明白だ。生まれながらの庶民なのだから。

まあ、誰か奇特な人が、「おい貧乏人、これをやるから考えを変えろ」とプレゼントしてくれるのなら話は別だが。(でも意見は変わらないと思う。万が一貰ったら、一度使って、すぐに売ってジャンク購入資金にするだろう・・・)

《Restoring》

本機はRange Finder 主宰、ビュッカーさんのご好意で、津軽海峡を渡り、長旅の果てに静岡まで飛んできた。
一見は非常にきれいで、巻き戻しレバーのノブ以外に悪そうなところは見えなかったのだが、実態は次の点が問題だった。

@巻き上げ不能・部品の破損が主因
A巻き戻しノブ欠品・破損による紛失と推定
B距離リングの指掛け紛失
Cカウンター円盤回転不良
D巻き上げスプール固定不良・ネジが紛失していた

基本的には簡単な部品を製作すれば良いし、残りの部分は単純な機能なので、手持ちのものをつければ簡単だと思ったのだ。



軍艦部やレンズ鏡胴の分解は定石どおりで、シンクロコードさえ無い(接点は鏡胴にある)からいたって簡単、逆ネジも無いので難しくない。カウンターノブはイモネジを緩め、中央をドライバーで固定して回すのが面倒という程度。幸いにもプリズムを使った豪華な距離計にはまったく問題が無く、軽い清掃できれいに合焦することを確認した。



スパーギアだらけの巻き上げ部。巻き上げノブで巻き上げ軸を廻し、その末端はシャッターチャージに働く。また、ギア駆動で手前左のカウンターを回すのだが、その下がスプロケット軸で、フイルムを駆動する。レバーはラチエットになっていて、ダブルストロークだ。この部分は3本のネジで固定されているのだが、1本欠品でガタガタに緩んでいた。



精巧だが、巻き上げトルク増大の元でもあるギア。ここは注油して締めなおした。



連係動作を知るために検証中。



黄色の丸の中が今回製作することになったアーム。ごく薄い鉄製で、先端には本来ラチエットとしてギアを止める部分があるのだが、根元から折れている。
ビュッカーさんに送っていただいた写真を頼りに複製する。



ほぼ同じ厚さのステンレス板にて製作することにした。これはケガいたところ。現物合わせしかないのだが、往きはギアの刃をカタカタ動き、逆はロックする。そのためには刃の角度が問題なので、この時点では大きめに切り抜いた。もちろん穴あけ加工は先に行った。これだけ小さいと、ボール盤に固定するのが困難だからだ。だいたいできたらヤスリで少しずつ修整して完成した。



多少の引っ掛かりなどを調整して、ワンウエイのラチエットの完成のつもりだった。

なかなか上手く作動しないので、ビュッカーさんにお伺いを立てたところ、詳細な作動解説と動画まで送っていただけた。
何とこの時点でカムは正確に動き、機能は正常なはずなのだ。

ここから悪戦苦闘が始まった。巻上げが引っかかる、チャージしない、チャージ中にシャッターが切れる・・・動作がバラバラでまったく安定しない。
何十回か見ているうちに、一番単純な見落としに気がついた。「シャッターを押した後にちゃんと巻止めがキャンセルされていない」という初歩的なものだ。一応動きかけているのだが、引っ掛かりがあって、軍艦部を取り付けるとそのフリクションで不調になるというものだ。もう一つは、巻き上げのメインギアの位置が悪く、第一ストロークと第二ストロークの配分が悪いことだった。第一ストロークは巻き初めでシャッターボタンが微妙に上がる。この時に内部的にシャッターレバーが戻る。シャッターチャージを主に受け持つ第二ストロークの最後では、シャッターボタンが解除されて上がり、根元のオレンジ色が見えて撮影準備完了を示す。
これがわかったので引っ掛かりを解消し、ギア位置の調整で何とかそれらしくなった。

その他の部分はたいした問題では無い。距離環にはありあわせの部品をつけ、巻き戻しノブは後から直すとして、一先ず組み立て完了とした。





底板に見える二つ目の取っ手はフイルムカッターだが、このカメラでは刃が失われているので機能は無い。もちろん現在は不要なので問題ない。フイルムが貴重だった時代には、キリゲン(切り現像=撮影途中でダークバッグなどで撮影済み部分だけを切り、その断片のみ現像すること。記念撮影などで早く写真が欲しい時に、残りを無駄にしないために行われた)が良く行われたので、そのために便利だったのだろう。

一本写した後、問題点を整理して最終調整した。

巻き戻しレバーは元の形を作るより、単なるノブが使いやすそうなので、暗箱カメラのネジを接続部品に半田付けした。ここはネジで分解できるところなので、今後の問題は無い。少し飛び出したが実用にはかまわない。
カウンター円盤は軍艦部と接触して回転しにくいので、プラスチックの透明窓をはずした。これ以前の機種にはカバーが無いものが多く、見かけ上も違和感はまったく無い。ここまで進んだので、各部に注油して完了とした。



《Test Taking》

モノクロを詰めるのが待ちきれなくて、先ず手元にあったフジのネガカラー100で写して即キタムラに飛んだ。すぐにフイルムをスキャンしてみる。



室内・開放・1/25秒で3.5フィート、ほぼ1m。蛍光灯のグリーンも乗っていて、素直な描写とわかる。相当軟調なレンズだ。



これは最短の2.5フィート弱、上と同じデータだ。ファインダーにはブライトフレームなど無いので、少し右下が入ることを考慮し写しててみた。立派な解像で、大きくスキャンすると、カレンダーの書き込みも完全に読める。距離計も正解だ。



雨の中、息子のバイクで色を確認。派手さはまったく無いが素直な色の出方だ。少しオレンジの入った色がきれいに再現されている。これはリサイズでノイズが入っているが、原画にはもちろん無い。



自分の部屋の窓。微妙な明るさがきれいに出ている。
この辺りからスキャンしていて感度の分布が広いことに気がついた。ハイライトからダーケストまで非常にいろいろな光がきれいに分布している。RGBで見ても非常にバラスが良く、飛びぬけた色や明るさが無い。トーンがジャンプしていない。



モノクロのテストカット。アクロス



私の車を写してみた。



難しい光線だがきっちり、しかしソフトに表現されている。大判レンズの趣がある。



雨上がりの強い反射だが、フレアーなどまるで無い。すっきり写っている。周辺落ちはどうかと思ったが、非常に少なく拍子抜けした。



静かな海面で、明るい中なのにしっかり出ている。遠景はそこそこだが、中、近距離の素晴らしさは特筆ものだ。これは実際にネガを見ないと伝わりにくいかもしれないことだが。

《After Taking: Results or Comments》

豊かな諧調による穏かで筋の通った表現、これがこのレンズの素晴らしいところだろう。特にモノクロでは目で見たより諧調が豊富にさえ感じる。今回はアクロスで写したが、1/500秒まであり、1/250秒は常用速度なので、プレストを入れればほぼ万能に使えると感じた。旧トライXなどハイコントラストなフイルムでも、十分対応できると思う。

日記に掲載予定の人物や風景も、1950年代のしっとりした感じが出ている。
Lordがこの時代のカメラの中でも、ひときわ高価に取引される理由は、まさにこの諧調表現にあるのだろうと思った。クラカメ好きにとって、一家に一台かどうかは意見が分かれるところだろうが、一度は写して実感すべきカメラだと思う。

最近あまりやらない35oの重レストアで、疲れるかと思ったが、この魅力的なカメラのおかげで楽しさのみ記憶に残った。裏ブタと軍艦部は数十回脱着した。フイルムが入った状態で巻き上げがからんで、ダークバッグ無しで一部分解したりと苦労したのだが、まったく苦痛ではなかった。レストア病の典型的症状である(笑)

《Special Thanks》
何よりこのカメラに挑戦する機会を与えてくださった、ビュッカーさんに感謝!
おかげ様で貴重な経験が積めました。しばらく遠ざかっていた35oの本格レストアも、とても楽しいと再確認いたしました。
作動について、詳細なご教授と、わざわざ動画ファイルまで撮影いただき、ありがとうございました。大事にしたいカメラとめぐり合えてとてもうれしく思います。



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