エンドー写真用品株式会社(信濃光機製造) Pigeon35

今回のカメラは買ったものではない、もちろん昔から持っていたのでもなく、頂いたものである。
それならいつもと同じじゃん、という突っ込みは無しに願おう。これは富士フイルム提供のサイト、「マカロニアンモナイト」の読者プレゼントで頂いたものである。

マカロニアンモナイトは、その道の達人が、カメラの楽しさを伝えるべくフォトエッセイを執筆されているサイトである。
ここに写真家でライターの中山慶太氏が「Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス」というページを担当されている。「昔カメラで遊ぶ」をキーワードに、様々なカメラについて通説に一切頼らず、ご自身で検証・撮影されたカメラについて、記事と写真を発表されている。自由奔放で、カメラに対する愛情あふれる記事は私の愛読ページである。

ピジョン35を通して、戦後の日本カメラ工業の一側面を検証する記事は昨年発表されている。「鳩によせて ー或る戦後国産カメラの物語」がそれだ。興味を感じた方は、通読されることをお勧めする。

さて、このシリーズが終了後、読者プレゼントとしてこのカメラを進呈するという告知があった。籤運は泣けるほど悪い(JFC諸氏は良くご存知)が、何はともあれ応募したら、突然マカロニアンモナイトの編集部から当選通知が届いた。「大当たり」とのこと。

春から縁起が良い話だが、私に当たるとは何らかの「天の声」の思し召しだろう・・・

カメラは手元に色々あるが、こういう形で頂くのは初めてだから、ワクワクして待った。が、なかなかそれらしきものが届かない。恐る恐る問い合わせたら、「ウラブタの貼り皮が痛んでいるので、それが見つかってから届ける予定」とのこと。恐れ入ったまま待つこととした。



ついに到着、写真で見ていた通りのきれいな状態だ。カードや貼り皮、Lucky SHD-100 まで同梱されていた。



このカメラは仲間のたかさきさんによってレストアされている。内部を知りたい方はリンクからごらん頂きたい。

従って、機械についてはまったく心配ない。貼り皮のみ大きさに切って貼るだけが作業だった。ただ、いろいろ複雑なカーブがあるので、ヘアドライヤーで暖めて、柔らかくしてなじませた。皮ならウエットフォーミングできるが、人造皮革では余らせぎみにして熱してなじませるのが良い。



レンズは富岡の「Sローザ45oF3.5」である。前玉回転式で目測





《試写》

送っていただいたラッキーでモノクロ、ネガカラーはアグファヴィスタ100と、どちらもISO100を使った。
最高速が1/200秒なので、開放描写を見るには100が基本だろう



それほど強い光ではないが、ラッキーのハイライトが少し滲む点が感じられる



このくらいの距離だと解像度もそこそこある


これは絞り開放である。ピント位置を正確にすれば、きちんと出るのは予想外だ



我が家の牡丹。実物より少し淡い色だが押し付けがましい色で無いのは好感度が高い



息子の放置バイク。この色は見た目に非常に近い。開放なのでピントは一点だけ



中距離でこのレンズのベストが来るように思う。前玉回転ヘリコイドだから、美味しいところはこの距離か

☆予想を超えるきちんとしたレンズだ。ノブ巻上げとセルフコッキングなし(二重写し防止つき)は使いやすいものではないが、この時代の普及カメラはほとんど同様である。連続で写す時に操作が気になることは無い。二眼レフ同様、写したら先ずは巻き上げておき、写す直前にシャッターセットという流れで、意外にリズムよく写せる。



今回のテスト撮影で、モノクロではこのような仕掛けで写した。グリップとレリーズで手ブレを防ぎ、単体距離計で正確に距離を出そうと考えたのである。結果はご覧の通り、目測グリップ無しのネガカラー作品と有意な差は無い。
バルナックのようなちょっと頼りない巻上げだが、コマ間隔は揃っていた。機械的精度は意外なほど良いと思う。

このカメラが作られたと推定された昭和28年は、私が5歳の頃である。簡易な蛇腹カメラか二眼レフが主流だったとかすかに記憶がある頃だが、その当時のカメラとしてはなかなか良いものだとおもう。これ一台で、いつものところをぶらぶら歩きながらスナップ・・・なかなか贅沢な時間の使い方だ。

『謝辞』

貴重なカメラをご提供いただいた中山氏と、確実なレストアをされたたかさきさんに感謝する。
大変ありがとうございました。


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