無銘 ステレオカメラ

最近知り合いになった、大コレクター、Sさんのステレオカメラ。全くどこにも名前がなく、絞りの0−3まで以外に文字も全く無い。いつ、どこのカメラかわからないが、大手札にステレオ写真を写すものであるのは明らかだ。



単純な機構だが、シャッターが故障しているというか、シャッター幕が無い。操作がどのようなのかもわからない。

はっきりしているのは、ほぼソルントンシャッターである事だけ、しかも操作レバーが外れている。



動作解析でレバーの固定位置がわかった。ただし、シャッターセットギアにある三個の引っかかりのどれがスタート、ハーフコック(ピント合わせ・バルブ動作でアパーチャーが開放された状態)、セット位置か不明だ。
紙テープでシミュレートしておよその位置を割り出す。



向かって右の軸の中にツルマキバネがあり、これが駆動軸になる。シャッターセットは左のギア付の軸にシャッター幕を巻き込むことで行われる。



何もデータが無いので、アパーチャーは余裕を持って切り開くことにした。



これは失敗作。左の黄色の部分が不足だった。長さが不明の時はケチらず長めに作って、後から切り詰めるほうが良い。



巻き取り側を撮影前の状態までバネを巻いて仮固定した状態。手前の巻き取り軸のギアロックを解除すれば、後からでもテンションを与えられるが、七回転程度先に巻いておく方が作業が容易い。この状態で先ず巻き取り側を貼り付ける。



巻き取り側のみ固定した状態。アパーチャーの上下は幕の変形防止で竿(今回は自動車のワイパーの芯に使われるステンレス平棒を使用した)を貼り付けてある。普通はここで幕を一度切り、竿と接続テープを一緒に縫いこんで固定するが、このカメラのケースは狭いので極力薄く仕上げるために、シャッター幕そのものを切り抜いて使うことにした。グラフレックスなどの「フンドシ」と呼ばれる方法だ。竿はボンドG−17で貼り付けただけだが、きちんと貼れば十分強度があるからこれで大丈夫だ。



シャッターの完成。レンズシャッター用のシャッター速度テスターでは1/25秒程度を示したが、アパーチャーの通り過ぎるまでの時間なので正確とは言えない。しかし、一般的なフォーカルプレーンと違って、レンズ側にシャッター幕があり、少しでも開くとフイルム全体に光が当たるので、実効値はわからない。これは試写で詰めるしかない。



ハーフコック状態。この状態でピント調整をする。この巾を変えればシャッター速度を変えられるが、速くするとピントグラスの像が暗くなり、実用できない。ソルントンタイプはレンズシャッターのギロチン式に近い単純素朴なものだ。
この矛盾解決のため、巾の違うアパーチャーを複数つなぐ(グラフレックス式)、二枚の幕を独立してコントロールする(多くの横走りフォーカルプレーンシャッター)と進化した。



これがテイクレンズ。凸メニスカスの単玉で、おそらく二枚の張り合わせ構造だろう。凸面をフイルム側に向けているのが面白い。レンズ固定は黒い紙で、レンズ口径の80パーセント程度になっている。コバは黒くなっていないから、反射防止の意味があるのだろう。



完成図。昔のロボットみたいだ



後から見たところ。専用フイルムは無いので、4×5の取り枠をパーマセルテープで貼り付けて試写したので、その状態になっている。



右サイド。シャッター操作は横のフタを開いて行う。レリーズれば位置でタイムとインスタントに切り替えられる。



左には何も無い。



収納状態。小型の重箱と言った感じだ。



手前が本来のピントグラス。シースがあればフイルムを切り出すのだが、これしかないので左の4×5のホルダーに同等のピントグラスを前後位置を合わせてセットして画面確認に使った。ワンオフの贅沢テスト用だ。

《試写》

普通のカメラではないから、大判カメラそのもののテスト態勢になった。フイルムは直ぐに結果が見られ、大きさがちょうど良いので富士のポラフイルム、FP100B45を使った。テスト撮影後半では、凡そのデータがわかったので、レールに無限遠と5m、3mのしるしをつけ、手持ちで写した。
ステレオ写真なので、右目で右、左目で左の像を見る平行法で立体的に見える(はず・笑)



室内で娘と孫たちを写した。もちろん絞り開放、シャッターはタイムでヤマカン1/2秒



絞り込んで窓枠に固定してインスタントで写した。F11で1/30秒〜F8で1/60秒という露出だから、ギリギリ手持ちで使えそうだ



三脚固定でインスタント、絞りは2の所



知り合いの家の五月飾り。非常に暗いので開放・タイム露光。机に載せて固定してみた

《おまけの撮影風景》

不思議なカメラなのでギャラリーが取り巻いた(笑)







☆非常に原始的だが、レンズとシャッターがあれば写真が写せると再認識した。オモカメ同然のレンズが思いのほか高性能で、絞ればきちんと使える。ギリギリだが手持ちでも写せる(レリーズが大変でぶれやすい)。

どこにも全くメーカー名やカメラ名、レンズ名が入っていないが、貼り皮には模様も入っていて、趣味で作られたものではない。ネームプレートなどが欠落した痕跡も無い。何のためにあえて無銘なのか、何を写すために作られたのか、興味深いカメラだ。

☆Sさん、面白い研究材料をありがとうございました。


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