KODAK MEDALISTT

富士川河川敷でモーターパラグライダーの取材中に突然電話が入った。いつも珍しいカメラを発掘しているnoBuさんからだった。「三島の例のカメラ屋にちょっと痛んでいるけどレンズなどが良いメダリストが安く入っている」という連絡だった。

時計を見れば、行って戻るだけの時間がある。即、行動開始。久しぶりに公道を(法定速度制限内で・嘘)飛ばして手に入れた。noBuさんが確保していてくれたのだ。ありがたい。



先日のブッシュについていたものに続くエクター、名レンズの評判が高い100o3.5である。ESとあるから1941年製で、ブッシュについているものが1947年だから、より古くて明るい。1941年は第二次大戦開戦の年であ。ドイツからのカメラ輸入が途絶えることに対応して作られた軍用カメラだ。ごつい外観はいかにも軍用と感じる。

良く知られていることだが、コダックのレンズにあるシリアルナンバーの前の文字は製造年の略記号だ。
「CAMEROSITY」がそれぞれ20世紀の下二桁「1234567890」に対応している。ESなら1941年である。おそらく「Camera City」つまり、N.Y.州のロチェスター(KODAKの本拠)を指しているのだろう。同じ文字は音と形が近いAをO、CをSに置き換えたものと推測できる。このシリアルは古いものにはほとんどあるが、プレモなど吸収合併したブランドのものにはついていない。




レンズはノンコートできれいだが、シャッターの低速が粘る。低速が粘るのはガバナーか羽根油なので、高速も動くだけで遅れる。前玉は硬かったが、ベルトレンチで廻ったのでシャッターに給油した。このシャッターはコダック特有の構造で、前玉を外せば内部が見える。コダック35などのものと同じ構造で、油が切れなければ確実に動作する優れものだ。単純なのにタフなシャッターで、締め付けトルクがやたらに強く、材質が分厚いことなどいかにもアメリカ製、ゼロ戦の繊細さは無いが、グラマンのタフさとでも言えるか。
もちろん前板を外す整備もありうるが、肝心の部分への給油にはその必要は無い。細い綿棒で横から給油できる。




69サイズの広い懐の中に巻上げに連動するシャッターチャージやレリーズ機構が見えている。光路外だから画質に影響は無いだろう。清掃して「鍵穴の薬」でドライ潤滑した。ここに油はホコリがつきやすいので避けたいところだ。



ウラブタは両側に取り外せるヒンジを持ち、乾板などに対応したバックが用意されている。どちらにも開けるのは便利だ。巻上げ部はこのカメラ最大の欠点、620フイルム仕様である。



ジャンクな理由はここについているフォーカスノブが折れていることだ。しかし、このノブは実際には重すぎるし直接フォーカスリングを廻せば全く不要で、2型には存在しないものだ。後でキャップすれば良いから全く気にならない。



ファインダーはきれいだが、巻き上げの連動が悪く、給油したかったので軍艦部を分解した。ファインダーカバーが押さえているので、巻上げ部だけを外すことはできない不便な構造だ。



自動巻き止めは8つのキリ欠けと連動部をキャンセルして巻上げをフリーにするピンだけと実に簡単な構造だ。フイルムで駆動される軸(小さな突起でフイルムに食い込み、強制駆動される)からの回転でコマ数を表示し、巻上げ軸と連動してシャッターチャージを行い、レリーズすると巻止めをフリーにすると言うシーケンスである。

シャッターは後ろ側からセット、同じレバーでレリーズする構造だが、支点が本体側にあり、そこから長く伸びた先でレリーズするので、てこの原理でシャッターはひどく重い。低速では手ブレが気になる。

余談だが、このおかげで、鏡筒にあるレリーズ穴でレリーズすると、巻上げがキャンセルされない。この場合には空シャッターを切らないといけないという間抜けな仕様だ。大きく動く鏡筒のために、セルフコッキングとレリーズを連動するのに手一杯だったからだろう。もちろん実害はない。



距離計のインジケーターは分解するとバネの力で緩んでしまう。横から芋ネジでロックされたカバーを外し、ブリテンションを与えて正しい位置にテープで固定してから組む必要がある。



ただ今ウラブタを削って120フイルムがそのまま使えるように改造中。巻き取る側は120スプール仕様にするには外から見える改造が必要になるので行わない。巻き替えさえなければ実用に問題ない。










《追加》

「結局、120フイルムを使えるようになったのか」と聞かれたので、その後の作業を追記する。



120だとリールのつばが広いので、このくらいふたの裏側を削らなければならない。ハンドリューターにカッター刃(ごく薄い回転砥石状の物)を二枚重ねして削り込んだ。穴が開く寸前でやっと回転するようになった。



中にあるフイルム押さえは3本のカシメをドリルで外した。また、カシメリベットの頭や、リブも削り落とした。これで何とか120リールがそのまま使える。巻上げ側も同様にすれば120のリールは入るが、巻上げ軸まで加工し、反対側にリールの軸を受ける金具を入れなければならない。そのためには外観を傷つけることになるので取りやめた。120リールでも、加工すれば流用できるので、巻上げ側はこのまま使うことにした。とは言え、120フイルムが縁を加工したり巻き替えたりせずにそのまま使えるのはメリットが大きい。

《試写》

試写はKODAKの400TXを使ってみた。



公園にて(以下同様)



1の中心部





☆定評どおりトップクラスのレンズである。数年後の4.5と変わらぬ先鋭度で、周辺まできちんと描写する立派なレンズだ。おそらくイメージサークルが大きいのだろう。大判用のレンズの味がした。

本体は、一言で言えば無骨だ。大きくは無いがずっしりと重く、小さい手ではシャッターを切るのも大変だろう分厚くてコロコロした外形は時代遅れの砲艦の風情である。しかし、自動巻き止めと巻上げ連動のシャッターコッキング、きちんと合うレンジファインダー、交換可能のバック部など、当時必要だったであろう仕様は全て搭載し、良い材質と壊れにくい構造で、信頼感がある。唯一の欠点は620フイルム仕様である。このフイルムは120と比べて一つも長所がない。細くてフイルムが不安定になり、センターを軸で支えないのでスムーズとはいえない巻上げ、それでいて撮れる面積が120と同じでは消えて当然だ。少し小さいと言っても、数ミリ程度ではアドバンテージにならない。軍用に何故このフイルム仕様にしたか、620普及のためとは考えにくく、謎を感じる。

押すだけでそこそこ以上の記録が簡単確実に得られる時代だから、フイルムカメラはいろいろ儀式を楽しむものであって良いと思う。お約束の多さは使いこなす楽しみでもある。味を語る、薀蓄を述べるという楽しみ方もある。コダック・メダリストはそのようなカメラの代表の一つだと思う。しかも作品はノンコートの旧式ながら、現代レンズと対等に語れる良いものである。諧調表現の豊かさは、コンピューター設計のレンズより上かもしれない。これを大戦開始の年に出したのだから、コダック畏るべしとつくづく思った。

《謝辞》

☆noBuさん、またまた楽しいカメラをご紹介くださりありがとうございます。

本稿を書くにあたり、仲間のtibikoronさん、検索でたどり着いた中田さん、カメラペディアの記事を参考にさせていただきました。ありがとうございました。

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