Kan's Camera Works KCW38

 Kan's Camera Works つまり私が自分で作ったと言う意味だ。メーカー名が無いと記事に分類できないから勝手に名乗っている。



 RAF(Royal Air Force)のビオゴン38oは伝説的な名レンズだ。ハッセルブラッドのSWCに使われ、その素晴らしい性能は高い評価を得ている。本来の用途は軍用、それも空軍用で、偵察などに使われていた。航空写真用の無限縁だけでなく、一般撮影でもごく近接までカバーし、驚くほどのピントと歪みの無さを誇る。中判用超広角レンズの最高レンズと言っても言い過ぎではない。

 ツイッターで hoshigarasuさんがこれを海外オークションで見つけ、二個セットなので誰か乗らないかと書かれていた。610さんがかつてこのレンズで素晴らしいカメラを作っていたのを思い出し、分不相応な高級レンズだが思わず手を上げてしまった。





 実際に使われていたもののようだがひどい傷は無く、ずっしりとかつ異様な面構えのレンズが届いた。

 hoshigarasu さんは超一流の機械設計者で、工作機械を自由に扱えるから、実に合理的ですっきりしたものを設計されている。リンクを参照すれば、半端で無い実力がわかるが、私には元より技術も道具も無い。泥臭く、ただしドジョウではなくウナギの如く狡猾(本音)に工夫するしかない。



 一先ず前後に分解。各ネジは全てロックタイトのようなもので固定されていて、きちんとした道具で無いと全く葉がたたない。ご丁寧にインチ規格だ。幸にも腕力は大丈夫だったので、前後分解は無事済んだ。

 第一の問題は「ハウジングが分解できない」である。ベンジンを挿して、握力60k超のクソ力でカニ目回しが壊れるほど力を入れても全く緩まない。これ以上を力を入れれば道具が根元から折れる。

hoshigarasuさんは旋盤に咥えさせてハウジングを削り落としたが、私には出来ない。外れたとしても、前後の玉の間はわずか1o。そこに0番シャッターを組み込む、それもシャッターに加工してなど全く無理だ。

 対称型広角レンズはその高性能は広く認められているが、フランジバックが極端に短い。フランジバックと言うより後群レンズが大きく後に突き出すから、一眼レフではミラーアップしなければ使えない。レトロフォーカスに広角レンズの代表の座を譲ったのは、まさにこの使いにくさにある。

 窮余の一策は「そのまま使う」である。これなら精度は保てる。と言っても、電磁シャッター(ソレノイド駆動)は使えない。技術的にもデザイン的にもとても使えないからだ。シャッターは布幕フォーカルプレーンで対処しようと方針を決めた。アナログでやるしかない。







 不要なものは外し、ベルトグラインダーとヤスリでシャッターボックスに干渉する部分や飛び出した所を削り落とし、何とか使える形まで追い込んだ。



これがベースになったプレートカメラ。(610さんがかつて実験用に使ったものを頂いていた)



 フロントスタンダード。このままではちょっと強度が心配だ。



 プレートカメラのフタ部分をベースとして使うことにし、加工開始。



 レールは半分にし、その後にフォーカルプーレーンシャッター(23スピグラ用。これも610さんから)を取り付ける。



 大体の構成を見るために並べてみた



 固定した時の形が見えてきた。



 ここから試行錯誤が続く。レンズは67カバーなので、ライズできる構造にしようとしたが、後玉回りが大きすぎて無理、レンズボードに固定は強度的に不安、バックフォーカスが17ミリしかないので、皮の蛇腹だと二段でも厚すぎて無限が出ない・・・etc



 あれこれ手直しして、何とかテスト撮影できる形になった。シフトは一応生かすが、ライズは諦めた。レボルビングバックをつけて縦位置にすればシフトをライズに替えられるが、ピングラ必須なので、三脚を使わない私の撮影には意味が無い。蛇腹は遮光布、フロントスタンダート強化、レンズブロックはマストに直結・・・ここからテスト撮影しては直すの繰り返しが続く。







目測+ピントグラスで使えるようになった。元々のシャッターは残し、手動で開閉してヒキブタの代わりができるようにした。(スピグラのシャッターはセルフキャッピングではないからこれが無いとヒキブタを入れてシャッターセットしなければならない)

 テストでは非常に近い所まで(20−30センチ程度)使えるとわかった。パララックスがあるからファインダーではちょっと無理だ。(つけているのは4×5用ファインダーで、画角はだいぶ足りない。あくまでテスト用)



 テストでいける目処がついたので距離計の取り付けに入る。コニカのC35のものを使った。焦点距離が同じで、ヘリコイドの動きをそのまま前から入力するタイプなので、基本的にアームの調整が不要だから、基線長が短いのは気にしない。目測でも十分使える焦点距離だが、ピント調整がレール式だと無限から1メートルまで2ミリ弱では、指標で使うのは無理だ。まあ無いよりましの目安と言うこと。





レンズボード直結のアームで距離計にレンズの動きを伝える。連動範囲は90センチ程度まで。接写領域はピントグラスで使う。前面のガラスはジャンクから外した物を、ハウジングのカーブに合わせて削る。





 手持ちのジャンクレンズを組み合わせてファインダーを作る。ズームレンズのコンペンセーター部をベースに強いマイナスを前にして何とか画角分を左右では確保できた。ヘリコイドがついているので視度補正も可能。上下はだいぶ欠けるが、この画角で別ファインダーを正確に設定するのは無理なので、後は心眼で補うしかない。正確を期するときはピントグラスで、スナップはファインダーと使い分ければ良い。

テスト撮影で自分の水平感覚が怪しいことを痛感、水準器を二個取り付けた。一つは軍艦の上と普通だが、もう一つはファインダーの中に入れた。ピンボケだが泡の動きでわかる。これですっきり水平が出る。



 おまけでレンズキャップを作った。何かのヘリコイドにフタをしたブラスの被せ式。クラシックな外観に合う。











 これにて一先ず完成とする。このカメラは間違いなく今後の私の主力になるので、今後も使っている間に気がついた不具合は直す。底はこのままで使えるが、冬に手持ちだとひどく冷たい。何か貼り付けることになるだろう。

 ここまでの作業はほとんど現物合わせで組み立てた。メジャーは数えるほどしか使っていない。陶芸の粘土をアルミや木に置き換え、急須の組立よろしく削って合わせたという代物だ。再現性ゼロの文系の物づくり(笑)

《試写》

試写は結局6回に及んだ。3回目まではシャッター速度の確認や光漏れ、横位置の確認、後半は距離計の設定やファインダー設置など、現物合わせだから調整は多岐に渡る。

3枚目までがプレスト、4−5枚目はアクロスにて



ホルダーから光漏れ、シャッター速度が予想より速い



手ブレ、露出不適当



室内で開放の実験。ピントは距離計にて



実用テスト@(手持ちスナップ)



実用テストA

追加でネガカラーを急遽写してみた。フジの160Nにて





一枚目の中央部。中心付近までの距離は約150メートル(F11・1/320秒)





☆今さら言うまでも無いが、素晴らしい描写力である。周辺まで見事なピントは開放でも変わらない。水平画角で90度を越えるのに、周辺落ちは極めて少ない。1対1.5の縦横比にするなら横は8cmカバー(実用は67まで)できる。超一流の広角レンズだ。ツァイスの底力を痛感した。

 重量は2キロ強で、マミヤRBなどと大差は無い。スナップではスピグラと同等の操作性だから意外に使いやすい。まだいろいろ改良点はある。フロントスターダードが少し右に捻っていて、だいぶ直したが完全なセット位置に無い、ヒキブタ代わりのレンズシャッターは普通のカメラに無い操作なので忘れやすく、連動にしたいなどだが、まあ慣れで解決できるだろう。

 残念なのは、レンズの取り付けでシャッター駆動部が干渉して倒立セットするしかなく、ネームプレートが下に隠れてしまったこと。前から見ればレンズ名はわかるから良いか。

《謝辞》

素晴らしいご提案でこのレンズに巡り会えたことを hoshigarasuさんに感謝します。ハラハラ見守っていただけた610さん、ツイッターの仲間たちに感謝します。ありがとうございました。

  February 2012

《その後・March 2012》

 手作りだから、使っていて気に入らない点はどんどん直している。この記事の発表後、前板の固定に不安があるというご意見があり、自分でもそう感じていたので2oのアルミ板で筋交いを入れた。この時に接着だけでは不安なので、レンズ枠までボルトを通して固定した。全体がソリッドになり、剛性が一気に上がった。Ferdi氏から「蒸気機関車のようだ」という感想が入った。確かにますますごつくなった。



 また、シャッターを切る時にヒキブタ(旧シャッター)を開け忘れたり、シャッター巻上げで逆に閉じ忘れたりと言う失敗があったので、シャッターを切ると先ずヒキブタを開け、その後にシャッターが落ちるように強制開閉のリンクを作った。構造的には自転車のブレーキワイヤーなどと同様の構造だ。これで実用性がぐっと上がった。


トップに戻る