. Camera Restore

「幻のレンズを追って」



 毎年夏と冬に開催するコミックマーケット(コミケ)ではいわゆる同人雑誌の自費出版物が一堂に会して見られ、買える イベントとして隆盛で、何万もの人が集る。この中にはカメラ部門の出品がある。

 本書はその中の一つで、佐藤評論 Vol.3 だ。過去の作品はプラスチック系フイルム一眼レフの再発見だったが、 今回は全く違う。著者がたまたまジャンクボックスから見つけた古そうなバレルレンズと、その出自を考察した 作品で、軽いイメージがあるコミケの出品物の中では異色の、むしろ研究論文といって良い存在である。

 筆者はジャンクカゴの底に「NIKKOR-T・C 1:3.5 f=5cm Nippon Kokaku Tokyo No.8034」というレンズを見つけた。 名前からシリアルまであるニッコール、多くの研究があるメーカーだから、すぐにどんなレンズ(使用カメラや撮影対象)か わかると思うのだが、これがわからない。資料どころか、何のレンズかも不明だった。

 ここからの思考と行動力が凄い。形態から機能の推測、多くの資料の掘り出し、メーカーそのものへの問い合わせなど このレンズの正体に迫るべくさまざまな角度から調べる。

 特に興味深いのが、メーカーの試作に至る過程の考察である。シリアルナンバーから始まり、当時のカメラ業界の 置かれた状況、軍需から民需に切り替えて生き残りを図る日本光学の足跡から推論してゆく過程で、事実の積み重ねから 消去法でアプローチする様子はまさに研究だ。決して市井の趣味者の道楽などというレベルではない。このあたりの 様子は第二章「神話の陰に」の中で詳細に詳しい。製造年代の特定と製造目的の考察には特に紙面を費やしている。 この辺りはカメラ・撮影を志向する人にも興味深いだろう。例えば、なぜ当時でも廉価版用の三枚玉を新規に企画 したのか、引伸し用ではないか、何故ヘリコイドを持たない固定鏡筒か、何故売り出されなかったのかなど、 後のニッコール神話との関係も考慮に入れた考察は多岐で深い。

 謎が少しずつ現実感のある実態に迫りながらも、完全な結論は出ないまま第二段階に進む。実写である。カメラレンズを 端的に語るのは実写での性能・特徴であるのは言うまでもない。マウント変換やヘリコイドなど四段重ねで無限遠を出し、 試写にこぎつける。簡単に書いているが、何もベースが無い中でこれを行うのは極めて難しい。筆者の技術力、応用力が 見事に生かされている。

 結果は私から見ると「どう見ても50oの一般撮影用レンズ。性能は十分実用になるもので、三枚玉としては レベルが極めて高い」である。

 結論は出ていない。確定的な証言をできる方々は既にほとんど鬼籍に入っているから、誰が調べても これ以上の追求は無理だろう。

ーーーーー−−−−−−−−−−−−−

 ここで普通なら終わるところだが、本書をユニークなだけでなく極めて高いレベルにしているのが、あざら茂夫氏の特別寄稿 である。あざら氏はプロレンズマニアなので、本レンズを評価するにふさわしい。

 この寄稿では、トリプレット(三枚玉)、エルノスター、テッサー、ゾナー、ガウスタイプの基礎的な解説と、当時の代表的な 5cmレンズ、ニッケルエルマー、セレナー、ニッコールQ.C3.5、ニッコールT.C3.5、ゾナー2.0、ニッコールH.C2.0、 ズマール2.0、ズマリット1.5、セレナー1.9、セレナー1.8、トプコールS2.0、シムラー1.5、ゾナー1.5、ニッコールS.C1.4 の実写比較による解説を述べられている。

 これだけ同時に揃った条件で行われた5cmレンズの比較・評価は他にないだろう。ここだけでも本書の価値を激しく高めて いる上、元資料であるDVDまで即売場には用意されたというから恐ろしい。


☆あまりの力作に、思わず論文の査読的な感想を述べてしまった。ただし、随所に私の驚きによる形容が入っているので、 完全な査読などではないが、そうさせてしまう力のある本物のレポートである。ぜひ実際に読んで見る事をお勧めする。


☆本書は下記にて通販されているので、興味がある方は照会されたい。

BOOTH 「佐藤評論Vol.3 幻のレンズを追って」



  ☆佐藤氏、次は何で来るのか楽しみだ



August 2017


戻る