KONISHIROKU PEARL T

事の起こりは私の掲示板への投稿だった。コニカのパールについての内容で、抜粋して転載すると以下のとおり、




「はじめまして。突然の書き込み失礼します。コニカ、パールについて検索していた所ここにたどり着きました。

実は玄祖父が購入したセミパール(?)(画像のカメラです)を家で発見し、せっかくなので使える状態に戻したいと思い、修理にだそうと思ったのですが、銀塩カメラ修理専門店とは連絡が取れず、その足で大手カメラ屋に持っていき、

・シャッターは1/10〜1/100まで落ちるがそれ以下のスピードではおちない
・蛇腹にピンホールが無い事
・距離計が壊れている事
・金具の変形による開閉不良
・シャッター部分の部品紛失の為に下から直接シャッターを切らなければならない

撮影するには最低限レンズの清掃(前と後のレンズの間が汚れているそうです)だけでも必要ということで下請け業者に見積もりをしていただく事になったのですが、業者側が古いので見たくない、なのでレンズの清掃すらしたくない、と言われ、結局そのままの状態で返却されてきた次第です。
自分でレンズ清掃できる、と聞いたのですが、銀塩カメラで撮影した事の無いようなど素人の私でもこのカメラのレンズを清掃することは可能でしょうか・・・(中略)・・・ご教授いただけませんでしょうか。」




 カメラ店の対応は極めてお粗末だ。このカメラの時代は外国製品なら後期のバルナックライカと変わらない。少なくとも戦後のカメラだ。ほとんどの修理屋は、外国カメラなら戦前のものでもちゃんと修理している。国産カメラの場合、正常動作する中古品の価格より修理費が掛かるから修理は薦めない、などしっかり理由を説明すべきだ。

 せめて不十分な状態でも写すために清掃して欲しいと言うのに、古いからレンズを清掃できないなどなんと言う言い草か、古いカメラ、汚れたレンズがあるから仕事があるのだ。そんな低レベルな修理屋はカメラ修理の看板を下ろせと私なら店頭で怒鳴ってしまうところだ。

 最初は、クラシックカメラに興味を持ち、いろいろ手を出しているうちにジャンクを知り、安いからと手に入れたが、分解方法がわからず助けを求めると言う良くあるパターンかと思った。しかしそれにしては具体的で、困っている様子が伝わったので、メールで詳細を確認してみた。信じてよかろうと感じる誠実な応対だったので、レストアを引き受けた。もちろんできる範囲で行うし、アマチュアだから無償という条件で。



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 届いたのは掲示板でナースマン氏が指摘されたとおり、デュラックスシャッターのパールのT型だった。TRSは1/500秒までのシャッターを載せるが、これはごく初期で、セミパールのレンズ周りをほぼそのまま単独距離計つきのボディーに乗せた最初のものだ。ナースマン氏によれば、1949年の製造ということだ。確かにボディーには「MADE IN OCCUPIED JAPAN」の表記がある。私より一歳"若い"

 おそらく皮のケースに長い間入れられ、押入れの隅などで眠っていたのだろう。全体に保管時の湿度などによる痛みが見える。レンズはカビと汚れが多く、このまま写せば間違いなくフレアーの嵐とコントラスト低下が必至と言う状態だ。まあ「良くある押入れカメラ状態」か。しかし、少なくとも修理を断られるようなジャンク(ガラクタ)では無い。写すだけなら低スキルの修理屋でも可能だ。

状態は次のとおり






レンズ・汚れとカビ シャッター・スローが止まる、高速不安定
レリーズリンク・押し部分欠品 蛇腹タスキ・変形 前蓋・開閉不良
ファインダー・汚れ 距離計・見えず 蛇腹・乾燥による折切れ寸前
外装の皮・カビ跡で汚れ その他金属部・汚れ 塗装・良好




 つまり、清掃・注油などで撮影機能修復は可能。よってジャンクとは言えない。ただし、レリーズ部が直らないとケーブルレリーズ専用機として使うしかない。レリーズ部の修復(作成)がこのレストアの中心という事になる。





 まずはレンズ周りを外してレンズ清掃とシャッター確認。セミパールと同じデュラックスシャッターで、二つのスローガバナーを持つが基本的にバリオタイプの二枚羽で、根元でピンを動かして開閉するものだ。少し渋っているが、分解すると厄介なのと、羽根に油が廻っていないので、ボロン粉末とシリコンスプレーでドライ潤滑にした。経験則だが、このタイプは下手に給油すると油がすぐ廻って逆に渋る。ドライ潤滑の方がむいている。ごく低速は遅めだが、実用的なタイムが出たので良しとした。



名玉ヘキサノン75o4.5、暗い玉だが描写は素晴らしい。目測のセミパールから単独とは言え距離計付のこちらに乗せたのは納得だ。物資が全て不足していた時代とは思えない質感を見せている。



 ファインダーと距離計を清掃する。予想通り、距離計は壊れていなかった。単に汚れていただけだが、単独距離計(距離を測り、その値をヘリコイドに手動で設定する=ヘリコイドに連動していない)をカメラ店の店員が知らなかった(まあ、今時そんなものだろう)とわかる。距離計は先ずレンズ部のシムで基本の無限遠を出し、距離計も二重像の無限と指標を合わせて行う。矢印の先のネジが上下像の修正用で、左右はノブの位置で決める。




 さて、最大の難関、シャッターレリーズ部の修復だ。黄色い線内に下の私のものと同じレリーズ部があるはずだが、そっくり消えている。これを作らなければならない。言うは易く行なうは何とやらだ。非常に狭く、片側だけのピンで駆動するから難しい。そっくりそのまま作るのは無理なので、一計を案じた。

 

 まず、本来は無いリンクのリターンスプリングを増設する。本来はレリーズ部の軸についているが、その構造は極めて面倒なので、弱いバネでリンクがかろうじて戻る程度にした。

 

 スリッパ型の部品を削りだし、それにナイロン系の網ベルトを加工して張り付けた。これが折れると戻ろうとする力もリターンスプリングにし、同時に横方向に逃げるのを極力押さえ込もうと言うわけだ。

 

 ベルト部を接着、ピンを弱くゴム系糊で接着、横に逃げるのを防止する金具を作って取り付け、スリッパを後から押す部品も追加。全体を樹脂で固めて強化。



 完成、ちゃんと押せるし感触も悪くない。左手レリーズのカメラだからここはゆるがせに出来ない。結局、この作業に二日掛かったが、出来上がればしてやったりと言う気分になって、苦労は忘れてしまう。

 以後は定番作業。各部の清掃、蛇腹の強化塗装、皮の手入れ、遮光フェルトの交換などで、ここに書くほどのことでもない。











TRSとの違いはシャッターとアクセサリーシュー程度、ほとんど同じだ。向かって右前には、「MADE IN OCCUPIED JAPAN」のロゴが押されている。まさに占領下のカメラだ。

《試写》

早速試写に出た。たまには使ってみようとネガカラーはNS160、モノクロはアクロスとどちらも富士のフイルムにて









☆試写は左手レリーズで、最高速でもT/100秒なので、全て安定性の良い縦位置にした。実に明快な描写だ。さすが名器パール、名玉ヘキサノンという写りで申し分ない。モノクロではトーンのジャンプが無く、一見の派手さは無いが、周辺まで均一で66まで不足無く描写できるヘキサノン(以前にテスト済み)の良さを再確認した。

☆Iさん、結果として楽しいレストアでした。まだまだ使えますから大いに使ってやって下さい。基本的な使い方は下記にあります。

《パールTの基本的な使い方》



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