ZEISS Baby Box Tengol
事の起こりはツイッターのTLから。「54-18Eを手に入れたがシャッターが動かない・・・」だった。
hirorishenさんの嘆きだ。聞きなれない型番はこれがちゃんとしたフォーカスを持つ
127のボックスカメラで、ごくレアなのだ。
私はこれまでにこの仲間を三台ほど手がけている。ベビー、つまり
127の34フォーマットから120のものまでほぼ
知っているつもりだったが、レンズ追加のゾーンフォーカスまでしか経験していない。
なにより単速で簡単構造のものだから(実はそれほど容易いものではなかったのだが)、何とかなるだろうと思い、
信用してくれるのなら直そうと手を上げた。触ってみたかったのは事実だが、何より単速シャッターの故障だけで貴重な
カメラが封印されるのは可哀想だと思ったから。
送られてきたのはこの三台。左が基本形と言える54/18(新)、真ん中がフォーカシングできる54/18E、右が一番古い54/18(旧)。
ボックステンゴールの戦前型12754/18三種が揃うのは極めて珍しいだろう。三台まとめてテストできるとはありがたい。
それにしてもかわいい三兄弟だ。この大きさと形だけで存在意義がある(笑)
さて、問題のフォーカスできるタイプの分解。前は上下のネジ二本で開く。確かにレバーを下げても羽根が開閉
しない。しかしどう見ても前からアプローチできない。これは後ろから分解するタイプだ。
ところが後ろからではツールが入らない。ストレートではなく先広がりかつその先が伸びたツールが必要だ。先を作ろう
かと思ったが面倒だ。こういう時は観察、また観察・・・わかった。
中枠が前に外れるのだ。調べて見たら固定焦点タイプも同じ構造で、この部分で機種の違いを吸収している。
ここと前板(基本構造は120タイプと同一)だけが違う。透視ファインダーのフレームをロックを外して引き抜くと枠が前に
抜き出せるのだ。ただし、とても固いので後から押したりする必要がある。これで後ろから外せた。
予想通りシャッターブロックを前後逆に固定している。この中にシステムが入っているから、開けばわかりそうだが、
基本の三本ネジの他に、シャッターレバー部のネジは前後にあり、どちらを緩めたら良いかわからない。少しずつ緩めて
動かして見て、おそらく後ろと覚悟を決めて分解した。
中は予想通り、二枚羽根の単速簡易シャッターではなく、バリオタイプのガバナーが省略された形式だ。レンズは三枚玉の
ノバーだし、見かけはボックスカメラだがベビーイコンタのディチューン版と言える。
なぜ複数の速度を持つシャッターをディチューンしたのか推測した。一に考えられるのは操作性だ。ボックステンゴールの
シリーズは簡単操作が基本だ。後期のものでもゾーンフォーカスで単速シャッターだから操作性を統一したと考えられる。
第二の推測は前板周りの部品を普通タイプとできるだけ共用するという点だ。世界恐慌の頃、第二次世界大戦を前にした
ドイツだから材の無駄を極力避けた・・・真相は不明だがこれらの推測は当たらずとも遠からずだろう。
ここから動作解析と不具合点検に入った。
☆動作 黄色の印がシャッターレバーから続く部分(後でわかるのだがここが原因の一つだった)。それで右にあるアームを
駆動する。アーム先端がシャッター羽根の可動ピンを払ってシャッターが開く(ホールドされるとBやTになる)。
レバー駆動部がアームエンドを通り過ぎると外れ、より強いバネでアームがシャッター羽根の可動ピンを乗り越え元の位置に
戻る(この時は逆方向なので羽根は開かない)
羽根は基本的にふらふらで、弱いバネで締める方向のテンションを与えられている。つまり、シャッター速度は払う
速度とこのバネのレートで決まる。単速シャッターが1/100秒前後なのはこのバネをあまり強くすると戻り反動で開いて
しまうことや、枚数が少なく、相対的にイナーシャが強い羽根を駆動すること、設定フイルム性能などの妥協点で
決められたのだ。
☆不具合箇所 結論から言うと、油切れと駆動ピンの変形、駆動軸の磨耗という三点セットだった。推測だがこのカメラは
メンテナンス無しで相当使われた。それで油切れになり、軸の磨耗や設計を大きく上回る力がかかることにより軸の変形と
磨耗を生じたと推測した。この故障は材質が良いものに多い。材質が悪いものは羽根のピン穴とか相手のピンが外れたり
変形したりする。
給油して動きが軽くなったが、ピンの変形と軸受け部の変形は修復できない。対策として上下カバーを少し回転方向に
ずらした。これできちんとした動作が可能になったが、三点ネジは使え無くなった。こういうときは接着で止めれば
対応できるはず。ということでG-17で固定して組んだ。
ここからちょっと梃子摺った。単体では動くシャッターが、組むと動作が怪しくなる。結局、外部シャッターレバーと
内部の実シャッターレバーを結ぶ針金リンクが伸びていること、ファインダーフレーム兼用の暴発ロック足部分が干渉
しているの二点を突き止めるのに小一時間かかってしまった。
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ここからは基本形の54/18の単速シャッターについて。
上下のネジを抜けばあっさり前板カバーが外れる。見た通りまさに典型的な単速で、作動はレバーをある程度下げるとカバーが
横に去り、次に長いバネで駆動されて回転部が1/3回転する。この時に長穴スリットがレンズの前を通って露光する。三枚目は
Bの時で、バルブレバーで露光位置に止められている。
長穴で露光とするということは、長穴の幅と速度でシャッター速度が決まる。これを利用すればシャッター速度が実質的に
上げられる。プレストに対応させるため、6割程度規制してみた。この状態だと目測で1/4程度の露光になる。新と旧は同じ
フロンターだから旧型はこれで試写に対応させてみる。
《試写》
アクロスが添付されていたのでそれで54/18Eと54/18(新)で先ずは写してみた。
54/18Eにて
ピンは全体に甘いが、なかなか情感を感じる描写だ。近距離でも目測で設定できるのはありがたい。3段とは言え絞りがあるのも
使いやすく、手ブレ対策とスキャンの向上でより良くなるだろう。少し光漏れがあり、対策しておいた。
54/18(新)にて
以前にテストした54は絞りと近接レンズが付いている。固定のこちらはまあ使える、と言うレベルか。
54/18(新・シャッター加工)にて
シャッター高速化が効いた。全く何も操作できないカメラ、写るんですと同列だがここまで出れば文句なし。
☆これで前回のものも含むと4タイプの54/18をテストした。密着前提のカメラでこの大きさで見せればいろいろ言うところはある。
しかし、この簡略な機構でこの時代にここまでに仕上げた技術は素晴しい。暖かで雰囲気のある描写は秀逸だと思う。
レストアでも撮影でも楽しめました。ありがとうございます>hirorishenさん
February 2015